茂木正人(東京海洋大学 海洋環境科学部門 准教授)
今年も行ってきました。東京海洋大学「海鷹丸」は、近年ほぼ毎年南極海での観測を行っており、この航海が23回目でした。2020年1月8日に西オーストラリア・フリマントルを出港し、タスマニア・ホバートに戻ってくる28日間の航海です。「海鷹丸」は練習船で、南大洋観測航海も実習航海の一部区間で行われます。したがって、毎年40名程度の、航海・操船を学ぶ実習生が乗船しています。彼らは、観測が始まれば観測を手伝ってくれます。海洋観測は多くの観測機器や大量の海水サンプルを扱うため、研究者にとっては、昼夜を問わない極寒条件での観測は肉体的にも厳しいのが当たり前ですが、彼らの力は大きな助けになります。世界でも、航海実習が毎年南極海で行われる例は聞いたことがありません。
さて、この南大洋観測航海では海洋物理・化学的な研究や海洋生態系の研究を目的とした海洋観測が行われています。私自身は魚類を専門とする生態系研究グループの研究者で、この航海は11回目の航海でした。
生態系研究なので生物を扱うわけですが、植物・動物プランクトン、イカ類、魚類、そして海鳥までが研究対象となっています。さらには、海水中に残存する生物の痕跡(環境DNAとよばれます)まで扱います。この環境DNAを用いる手法は新しく、うまくいけば様々な生物の分布情報を、海水サンプルを調べることで得ることができます。我々はまた、海氷のサンプリングも行っています。海氷中には珪藻類を始めとして微小な植物・動物群集が高密度で含まれています。この生物群集は春から夏にかけて海氷の融解とともに海中に放出されることから、植物プランクトンの増殖(光合成)とともに海洋生態系の基盤になると考えられており、我々の研究対象の一つとなっています。
今年の航海でも、様々な生物採集や観測が行われました。写真1はMOHTと呼ばれるフレームトロールです。このネットは、短時間で大量の水を濾すことができる設計となっており(ひとことで言うと、水を濾す効率が良い)、比較的高速で泳ぐ魚類やイカ類の採集に適しています。
このMOHTで採集されるハダカイワシ類(写真2)は、ナンキョクオキアミ(オキアミ)とともに、海鳥類やオットセイ、鯨類など大型動物の個体群を支える、食物網における重要な構成要素のひとつです。オキアミの重要性はよく知られていますが、南極海といえどもどこにでも、いつでもオキアミがいるわけではありません。大型動物の餌としてのポジションを、ハダカイワシ類とオキアミで補完しあっているとも言えるでしょう。さらには、オキアミを多く食べるハダカイワシもいて、食物網は20年前くらいまで考えられていた構造よりもずっと複雑なことが近年分かってきました。
また、イカ類については、大型動物の胃内容物から口器(カラストンビ)がしばしば見つかることから、やはり重要な構成要素のはずですが、南極海全体でどのくらいの生物量が存在するのかさえよく分かっていません。この点についてはハダカイワシ類も似たり寄ったりで、遊泳速度が速いため、ネット採集では定量性を担保できないのです。これはMOHTを用いても十分ではなく、大型の個体はあまり採集されません。しかし、彼らの赤ちゃん(専門的には仔稚魚あるいは稚仔などとよぶ)は多く採集されます。
我々はMOHTなどを用いた採集実績を積み重ね、ナンキョクダルマハダカ(写真3)やナンキョクスカシイカ(写真4)、ソコイワシやハダカエソといった南極海固有の中深層性生物(深度200-1000 m付近を主な生息場所とする)の赤ちゃんが、大陸棚斜面近くで湧昇する暖かい水と大陸側の冷たい水が混ざり合う、空間的に比較的狭い場所に高密度で分布することを明らかにしてきました。
このことは、この場所が彼らにとって、餌環境などに共通する好条件を備えていることを示していると考えられます。地球規模の環境変動によってこの環境が何らかの変質をすれば、この赤ちゃんたちの餌環境が変質することを意味し、彼らの生き残り率に大きな影響を及ぼすかもしれません。そして、その影響は同時に、食物網を通じて高次の捕食者まで波及することを意味します。
こちらもご覧ください。
1)KARE 東京海洋大学「海鷹丸」南極観測隊
https://www.facebook.com/KARE.umitaka.nankyoku/
観測日誌を掲載しています。
2)南極ゲートウェイジャパン
https://www.jr-eaest.com/
生態系研究グループの紹介です。
茂木正人(もてき まさと)プロフィール東京海洋大学・海洋環境科学部門・准教授。国立極地研究所・生物圏研究グループ・准教授。専門は魚類、南大洋のハダカイワシ類を始めとした中深層性魚類や食物網、海洋生態系について研究している。 |